東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2471号 判決 1960年2月10日
控訴人 株式会社東京商工興信所
被控訴人 太田実
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二十六万六千五百円及びこれに対する昭和三十二年三月三十一日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。若し所有権侵害による損害賠償の請求が理由ないとしても、占有侵害等による損害の賠償として、被控訴人は控訴人に対し金十万千八百六十二円及びこれに対する前同一の期間年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、控訴代理人において「(一)仮りに所有権侵害を原因とする控訴人の請求が理由ないとしても、被控訴人の行為は控訴人の本件車庫に対する占有権の侵害に外ならないから、控訴人は予備的に占有侵害による損害の賠償を求める。即ち物の占有者はその占有が善意であると悪意であるとを問わず、占有物の返還に至るまでその物を継続して利用することができるのであるから、被控訴人が実力を以て本件車庫を破壊し、控訴人の占有並に利用を妨害したことによる損害はこれを賠償すべきこと当然であつて、その損害額は金千八百六十二円に達する。即ち控訴人の代表取締役たる沢昌樹は訴外浜真と共に昭和三十二年二月二十三日被控訴人と面会し、本件車庫敷地の明渡猶予を求めたところ、被控訴人は同年三月十五日迄これを猶予することを承諾した。従つて控訴人は右猶予された期間内は本件車庫を使用し得たものであるのに、被控訴人が同年三月二日突如本件車庫を取毀したため他に車庫を借用せざるを得なくなり、その間車庫借用料として金千八百六十二円(一ケ月四千円のところ、日割計算による十四日分の借用料)の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。(二)仮りに被控訴人において本件車庫を自由に処分しうる権限を有していたとしても、現に控訴人が占有し、営業用に供している本件車庫を控訴人の承諾なくして損壊するが如きは、刑事上業務妨害罪の責任を問わるべきもので、違法たること明かである。控訴人は昭和十三年九月十九日創業以来二十年の永きに亘つて日本全国商工信用人名録の刊行法人又は個人の信用調査等の業務を営み、興信所業界の雄として広く世上に知られている。然るに被控訴人の本件車庫破壊によりその業務は妨害され、信用も著しく毀損されたため、純粋な意味で自然人の受ける精神的苦痛に対する慰藉料とは異るとしても、その社会的評価を傷けられたことによつて蒙つた無形的財産上の損害につきこれが賠償を求め得べき筋合であつて、その額は本件諸般の状況に照らし金十万円を以て相当とする。よつて控訴人は予備的に右二口合計十万一千八百六十二円及びこれに対する本件訴状送達後完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。」と述べ、被控訴代理人が右事実を否認すると述べた外、原判決事実摘示と同一である。よつてこれを引用する。
証拠として、当事者双方は当審においても原判決事実の記載と同様の書証の提出認否、証言並に当事者本人の供述を援用し、なお新に、控訴代理人は当審証人浜真の証言並に控訴会社代表者沢昌樹本人尋問の結果を援用し、乙第七号証の成立を認めるが同第八、九号証は不知と述べ、被控訴代理人は乙第七ないし第九号証を提出し、当審における被控訴本人尋問の結果を援用した。
理由
当裁判所も原判決の理由に説示したところと同一理由に基き、本件車庫の所有権侵害を原因とする本訴損害賠償の請求は認容し難いものと判断したので、原判決理由を引用する。右原判決の説示と牴触する当審証人浜真の証言及び控訴本人尋問の結果は、何れも措信し得ない。
控訴人は更に、本件車庫の所有権が被控訴人に移転していたとしても、被控訴人は控訴人が現実に占有中である本件車庫を実力を以て取毀し、控訴人に損害を与えたのであるから、予備的に占有侵害並に業務妨害等を理由として損害の賠償を求める旨主張するので、次にこの点につき判断する。
被控訴人の主張するように、控訴人が昭和二十六年十二月中被控訴人より車庫建設の敷地を借受けた当時、乙第一号証の念書に署名捺印してこれを被控訴人に差入れ、将来被控訴人が右土地を必要として車庫の撤去を求めたときは七日以内に完全に撤去すべく、若し控訴人自ら撤去しない場合には、車庫の所有権は当然被控訴人に帰属し、被控訴人においてこれをいかように処置しても控訴人としては何等異議ない旨を特約したことは、原判決の認定するところであつて、当裁判所のそれもこれと一致する。そして右の特約は被控訴人の本件車庫撤去の申入による敷地使用貸借の終了とその場合における車庫撤去の目的を達する方法を予め置いたものであつて、控訴人が自ら車庫を撤去しないときは、単にその所有権が被控訴人に移転することだけを約したのではなく、控訴人が車庫を占有中であるとこれを営業用に使用していると否とを問わず、被控訴人側において自由にこれを撤去することを承諾し(勿論車庫内に存する控訴人所有の物件は被控訴人が適宜に取纒めて控訴人に引渡すべき筋合であるけれども)、控訴人の車庫占有若しくは利用に伴う利益の如きは一切これを放棄し、取毀に対し何等の異議を申出でないとの趣旨を明かにしたものと解すべく、このことは乙第一号証の文面並に原審及び当審における被控訴本人尋問の結果に照らし、これを窺うに十分である。そうとすれば昭和三十二年二月十七日被控訴人が本件車庫の撤去を申入れた後、所定の期間を経過した同年三月二日当時において、前記特約に基き本件車庫は被控訴人の所有に帰属し、且つ被控訴人が改めて控訴人の承諾を受けずとも任意にこれを撤去し得た訳であるから、その手段において格別違法に亘らない限り、車庫の撤去自体は適法であり、仮令控訴人がこれを占有していても何等不法行為を構成しないものといわなければならない。それ故、本件車庫の撤去が控訴人の占有権若しくはその業務を侵害する不法行為に該当することを前提として、占有物の利用阻害による損失並に営業妨害ないし信用失墜等による無形的損害の賠償を求める控訴人の請求もまた失当として排斥する外はない。
よつて原判決を相当とし、本件控訴並に右予備的請求を棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)